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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4268号 判決 1954年12月09日

東京都墨田区向島請地町百八十三番地

原告

矢部竹雄

右訴訟代理人弁護士

盛川康

東京都墨田区向島須崎町百四十八番地

被告

鈴木彦一郞

右訴訟代理人弁護士

蘆原常一

右当事者間の昭和二十六年(ワ)第四二六八号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、被告は、原告に対し、金十六万円及び之に対する昭和二十六年七月二十三日から右支払に至るまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、本判決は、原告に於て、金四万円の担保を供するときは、仮に之を執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、

主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は、昭和二十一年九月十日、被告からその所有に係る東京都墨田区向島請地町百八十三番地所在の宅地五十八坪(以下本件土地と称する)を普通建物所有の目的で、期間の定なく賃借し、爾来、之に、木造建物を建築所有し、現在に至つて居るものである。

二、然るところ、被告は、その所有に係る本件土地を含む宅地百三十八坪を、大正十二年十二月一日以降、訴外村上愛三郎に対し普通建物所有の目的で、期間を二十年と定め、賃貸して居り、その後、その期間は更新されて、その賃貸借契約は、そのまま存続し、同訴外人は、右土地上に、建物を建築所有して居たところ、昭和二十年三月十日戦災にあつて、その建物は焼失したのであるが、その焼失当時、右土地の賃貸借契約は、存続して居たので、本件土地について、右訴外人は、原告に対抗し得る賃借権を有して居たのである。

三、然るに、被告は故意に、右事実を秘し、本件土地については、他に何等の権利の設定もして居ないと詐り、之を、原告に賃貸した。その為め、昭和二十二年九月中に至り、前記訴外人から、同訴外人に、本件土地について、原告に対抗し得る賃借権のあることを理由と為して、原被告を共同被告とする建物収去、土地明渡並に引渡請求の訴訟(東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第一九六六号事件)が提起され、昭和二十五年十一月二日、右訴外人に、原告に対抗し得る賃借権のあることを認めた上、被告に対し、本件土地の引渡、原告に対し、本件土地上の建物を収去して、之を明渡すべき旨を命じた原被告敗訴の判決の言渡を受けるに至つた。之に対し、原被告は、控訴したが、(東京高等裁判所昭和二十五年(ネ)第一三五四号事件)、控訴期間経過後の控訴であつた為め、当時、既に、前記第一審判決は確定して居たので、控訴は之を取下げた次第である。

四、その後、前記訴外人は、右確定判決に基いて、本件土地の原告所有の建物に対し、建物収去命令(東京地方裁判所昭和二十六年(ヲ)第七八五号事件)の申請を為し、昭和二十六年五月九日、その裁判を得、その裁判は、同月十八日確定し、原告は、本件土地上の建物を収去せねばならなくなつたので、止むなく、本件土地の賃借権の譲渡方を右訴外人に懇請し、昭和二十六年四月五日、代金十六万円を支払つて、その譲渡を受けた次第である。

五、而して、右金員は、被告が、原告に対抗し得る賃借権の存することを故意に秘し、原告を欺いて、本件土地を原告に賃貸した結果、その支払を余儀なくされたものであるから、被告は、その故意ある行為によつて、原告に対し、右支払額と同額の損害を蒙らしめたこととなり、従つて被告の右所為は不法行為を構成し、原告の蒙つた右損害を賠償する義務がある。

六、仮に、被告の右所為が、不法行為を構成しないとしても、被告は、賃貸人として、本件土地を原告に使用せしめる義務があるから、前記判決によつて、その存在が確定ちれたところの、前記訴外人の有する原告に対抗し得る本件土地に対する賃借権を取得して、原告に、賃借人としての完全な使用を為し得る様にする義務があるところ、この義務を履行しない為め、原告に於て、前記金員の支払を為して、右賃借権の譲渡を受けざるを得ざるに至つたのであるから、原告は、被告の賃貸人としての義務の不履行によつて、右支払額と同額の損害を蒙るに至つたことになり、従つて被告は、原告の蒙つた右損害を賠償する義務がある。

七、仍て、原告は、被告に対し、右損害賠償金十六万円及び之に対する訴状送達の日の翌日たる昭和二十六年七月二十三日から、その支払済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為め、本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

被告の主張を否認し、

被告の原告の予備的主張は、時期に遅れた主張であるから却下せらるべきものであるとの主張に対し、原告の右主張は、単に法律構成に関するものであるから、時期に遅れた主張と言うことは出来ない。

と述べた。

(立証段階省略)

被告訴訟代理人は、

原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、

一、本件土地が、被告の所有であつて、被告が之を原告主張の日に、その主張の約定の下に、原告に賃貸し、原告がその土地上に、建物を建築所有して居ること。被告が、その所有に係る本件土地を含む宅地百三十八坪を、原告主張の頃、訴外村上愛三郎に賃貸し、同人が、その土地上に、建物を建築所有して居たところ、戦災にあつて、原告主張の日に、焼失したこと。同訴外人から、原告主張の頃、その主張の理由で、原被告は共同被告として、本件土地について、その主張の裁判所に、その主張の訴が提起され、その主張の日にその主張の原被告敗訴の判決の言渡があり、その判決が確定したこと。及びこの判決に対し、原被告共に控訴したが、控訴期間経過後であつた為め、その取下を為したことは、孰れも之を認める。併しながら、右判決の確定は代理権のない訴訟代理人に判決が送達された結果に基くものであるから、確定の効力なく、被告は、右判決に対し、再審の訴を提起し、目下、その確定の効力を争つて居るのであるから、本訴に於ても、右判決の確定は之を争う。

二、前記訴外人が、右確定判決に基いて、本件土地上の原告所有の建物に対し、建物収去命令の申請を為し、その旨の裁判を得たこと、及びその裁判が確定したことは、不知。

三、右訴外人が、本件土地について、原告に対抗し得る賃借権を有したこと、及び被告が、之を故意に秘して、原告を欺き、重ねて、本件土地を原告に賃貸したこと、並に原告が、右訴外人から、本件土地の賃借権の譲渡を受け、代金十六万円の支払を為したことは、孰れも之を否認する。

原告が、右代金の支払を為したと主張する頃には、既に、右訴外人は、死亡して居たのであるから、その頃、同訴外人に、その支払を為すと言ふが如きことはあり得ないところである。又、訴外人は、昭和二十一年春頃、本件土地の賃借権を抛棄したので、本件土地の賃借権はなく、原告は、この事実を知つて居たのであるからその譲渡を受ける筈はない。

四、仮に、前記訴外人に於て、原告に対抗し得る賃借権を有することが、前記判決によつて確定された為め、原告が、その譲渡を受けざるを得なくなり、その結果、譲渡代金十六万円の支払を為したとしても、右訴外人は、昭和二十一年春頃、本件土地の賃借権を抛棄し、原告は、この事実を知悉して居たのであるから、前記訴訟に於て、争えば、勝訟し得たものであるに拘らず、原告は、その訴訟の中途に於て、勝手に、訴訟を見限り、その為め、右訴訟に敗訴して、賃借権の譲渡を受けざるを得なくなり、その結果、その代金十六万円の支払を為したもので、敗訴の責任は原告にあるから、右支払は、原告自身が、自ら招いた結果であつて、被告には何等の責任もない。従つて、原告は、被告に対し、損害の賠償を求める権利はない。

と述べ、

予備的請求原因に対し、

原告の債務不履行を理由とする予備的主張は、弁論再開後に為された追加主張であつて、甚だしく時期に遅れたものであるから、却下せられるべきものである。尚、予備的主張については、答弁はしない。

と述べた。

理由

一、本件土地が被告の所有であつて、原告が被告から、原告主張の日に、その主張の目的、約定の下に、之を賃借しその士地上に、建物を建築所有して居ること、及び訴外村上愛三郎が、本件土地について、原告に対抗し得る賃借権を有することを認めた上、被告に対し、その引渡、原告に対し、その土地上の建物を収去して、之を明渡すべき旨を命じた確定判決のあることは、当事者間に争のないところある。

二、然るところ、被告は、訴訟代理権の欠を理由として、右判決の形式的確定の効力を争つて居るのであるが、その之を争う理由が、訴訟代理権の欠にある以上、右判決の形式的確定の効力の排除は、再審の訴に於ける確定判決によらなければならないところ、未だその確定判決のないことは、被告の主張自体に徴し明白であるから、被告は本訴に於て、訴訟代理権の欠を理由として、右判決の形式的確定の効力を争うことは出来ない。

三、前記訴外人が、前記確定判決に基いて、原告に対し、本件土地上の建物の収去を命ずる決定を得、その決定が、確定したことは、成立に争のない甲第二号証の一、二によつて明白である。

四、而して、右決定の確定によつて、原告は、その所有の本件土地上の建物を収去せざるを得なくなつた為め、止むなく、訴外玉井省吾に依頼して、前記訴外人の訴訟代理人弁護士訴外盛川康と示談の折衝を為し、その結果、昭和二十六年四月上旬頃に至り、原告から前記訴外人に、金十六万円を支払い、同訴外人は、右決定の執行は之を為さないことに示談が成立したこと、及び原告が、その示談金を一時に支払うことが出来なかつたので、数回に分割して、約一ケ月後の同年五月六日までの間に、合計金十六万円を、右訴外玉井を通じ、右訴外盛川康に支払つたことが、証人玉井省吾の証言、及び同証人の証言によつて成立を認め得る甲第三号証、並に原告本人尋問の結果を綜合して認められるので、(この認定を動かすに足りる証拠はない)、原告は、前記判決によつて、本件土地について、前記訴外村上に、原告に対抗し得る賃借権のあることが確定された結果、本件土地上の建物を収去せざるを得なくなり、之を免れる為め、止むなく右金十六万円の支出をせざるを得ざるに至つたものと言わなければならない。

五、而して、原告が、被告と本件土地について、賃貸借契約を締結するに際し、右訴外村上に、原告に対抗し得る賃借権のあることを知らなかつたことについて、過失のあつたことを認め得るに足る何等の証拠もないのであるから、右金員の支出は、何等の義務がないに拘らず、之を為さざるを得なくなつた結果、之を為したものと認められるので、原告は、右支出によつて、その支出したと同額の損害を蒙つたものと言わざるを得ない。

六、然るところ、原告は、右支出は、被告が、右訴外村上に、原告に対抗し得る賃借権のあることを故意に秘し、原告を欺いて、重ねて、本件土地を原告に賃貸した結果、生じたものであるから、被告の右所為は、不法行為を構成し、従つて、被告は、右支出によつて原告の蒙つた損害を賠償する義務があると主張するのであるが、被告に、原告主張の様な故意のあつたことを認めに足りる証拠は全く存しないから、原告の右主張は、之を採用するに由ないところである。従つて、不法行為を原因とする請求は理由がない。

七、併しながら、本件土地について、原被告間に賃貸借契約が成立して居ることは、当事者間に争のないところであり、又同土地について、前記訴外村上に、原告に対抗し得る賃借権があることは、前記判決によつて確定されて居る(その確定力が被告に及ぶことは後記の通り)ところであるから、被告は原告に対し、右賃貸借契約に基いて、原告に本件土地を支障なく使用させる為めに、右訴外人の有する貸借権の譲渡を受け、又は之を消滅させる義務があるところ、被告に於て、それをしなかつた為め、止むなく、原告に於て、右訴外人と前記の様に示談し、前記金員の支払を為したことが、前記認定の事実と前顕証拠とを綜合して認められるので、(この認定を動かすに足りる証拠はない)、被告に債務不履行があり、之によつて、原告に、前記損害を蒙らしめたと言わなければならない。故に、原告の予備的に主張する債務不履行を原因とする請求は、理由がある。尤も、右損害は債務不履行によつて、通常生ずべき損害ではないが、前記認定の事実に照し、予見可能の損害と認められるから被告は、右損害の全額即ち金十六万円と之に対するその履行遅滞の日と認められる本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明白な昭和二十六年七月二十三日からその支払済に至るまでの年五分の割合による法定遅延損害金支払の義務がある。

八、被告は、原告の右予備的主張は、弁論再開後に為されたもので、甚だしく時期に遅れたものであるから却下せられるべきものであると主張するが、原告の右主張は、新な事実の主張は何等包含せず、唯従前主張の事実に基いて、従前と異なる法律構成に基く主張を為したに過ぎないと認められるから、証拠調の必要もなく、訴訟を遅延させる恐れもないので、時期に遅れた主張と言うべきものではなく、又、釈明の不足に気づいた時、裁判所が弁論の再開を為して、釈明を為すことは、当然許されて居るところであるから、弁論再開後の裁判所の釈明に対し、新な主張を為すことは違法ではない。故に、被告の右主張は理由がない。尚被告は、原告の右予備的主張に対しては、答弁を為さないのであるが、弁論の全趣旨によつて、之を争つて居るものと認める。(従つて、前記通り、証拠に基いて事実認定をした。)

九、被告は、前記訴外村上が、本件土地に対する賃借権を、昭和二十一年春頃抛棄したと主張して、右訴外人が、本件土地について、原告に対抗し得る賃借権を有することを争つて居るのであるが、同訴外人が、本件土地について、原告は対抗し得る賃借権を有することは、前記確定判決によつて確定されて居るところであつて、その確定力は、被告に対しても及ぶから、被告は右確定判決によつて、確定された事実を争うことは出来ない。何となれば、右判決は、右訴外人が本件土地について被告から賃借権を取得し、その賃借権が、原告に対抗し得るものであることを被告たる原被告両名に対し、確定したものであるから、それは、原被告両名に対し、合一的に確定したものであると言わなければならない。故に、右判決は、被告たる原被告両名に対し合一確定の効力を有し、従つて、右判決の既判力が本件被告に及ぶことは当然であるからである。

十、被告は、原告が、前記十六万円の支払を為した当時には、既に訴外村上は死亡して居たのであるから、同訴外人に、その支払が為される様なことはあり得ないと主張するのであるが、右訴外人の死亡如何を問わず、原告が、金十六万円の支払を為したことは、前記認定の事実によつて、明白であるからその受領者が何人であつたにせよ、右金十六万円支払の事実は、之を否定し得ない。従つて、右支払によつて、原告に、金十六万円の損害を生じたことは、右訴外人死亡の事実とは、無関係であると言い得るから、被告の右主張は、理由がない。

十一、被告が、その答弁第四項に於て主張する事実は、之を認めるに足りる証拠がないから、結局、理由がないことに帰着する。

十二、仍て、原告の請求は、之を認容し訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を、各適用し、主文の通り判決する。

東京地方裁判所民事第一部

裁判官 田中正一

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